口説かれ方がされたくて、つきあつてゐるのぢやないわよ。鍵をあけて、ちやうだい。そして、私の下駄をキチンとそろへて、私を送りだしてちやうだい」
「うん。いづれは、あけてやる」
 彼はよろめきをこらへて、立止つて、再び手をポケットにつッこんで、うつむいて、目をとぢてゐた。
「オレは、いつぺんいつたことは、やりとげる。これだけ、つきあつたのだから、それぐらゐのことは、お前さんにも分つてゐるだらう」
 彼はポケットから、カミソリをだした。不器用な手つきで、刃をあけると、急にづかづかと進んできて、私の胸にハスに一文字にいきなり、ひいた。
 私は悲鳴をあげた。むしろ、息をひいたのだ。私は悲鳴をのみこんでゐた。彼の顔にいきなり浮んだ不逞なゆがみは、まさしく全力的な殺気であつた。そして彼はハスに一文字にカミソリをふつた。私の帯は二つにきれてゐた。彼はまた、白い顔で、陰気に私をにらんでゐた。
「オイ。帯をとけ。とけなきや、オレが、もう一度、切つてやらうか。今度切れば、何が切れるか、オレは知らん」
 彼の顔は、また、殺気にゆがもうとした。私はふるへて、叫んでゐた。
「とく! どいて。ひどいぢやないの」

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