的には埋没する性質の多いものなのである。
 家康といふ人は力づくで人の天下をとるべき性質の人ではないので、よい番頭、よい公僕、さういふ人で、議会政治の政治家としては保守党の領袖などにまア似合ふ人だ。そして新聞から優柔不断だの新味がないだのと年中コッピドクたたかれてゐる人だ。それが戦国時代に生れて奇妙に衆に押されて前面へでて、最後にはファッショの御大のやうなクーデタをやらざるを得なくなつたから何とも珍無類な古狸の化けそこなひのやうな不手際な天下のとり方をしたのである。
 政治家としては新味もなく政策も平凡な保守家で、ただ間違ひがないといふ点で結局保守党の領袖にはなる人であつたらう。然し、いざといふ時に際して、いのちを賭けて乗りだしてくる気魄だけは稀であり、その賭博が野心に賭けられてゐるのでなく、ただ現実を完うするだけの小さな現実の誠意にかかつてゐる点で、珍重すべきものであつたと思はれる。
 アメリカの軍陣医学によると、爪を噛む癖の男は戦争にでると恐怖のあまり発狂するのが通例だといふことである。すると家康も一兵卒で戦場へでると、臆病者で物の役に立たないやうな男であつたかも知れぬ。実際彼は小
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