一々の現実に対処するのが精一杯といふだけのことであつた。
 保守家で温和で律儀な男が、はからずも自然に天下を望む最前面へ押しだされてしまつたので、保守家で事なかれの小心者でも往々にして野心を起して投機などにひつかかるのは世の中に良くある例だが、かういふてあひが慾にからみ我を失ふとあくどいことをする。家康は持つて生れた用心深さでウ※[#小書き片仮名ヰ、374−22]リアム・アダムスから外国事情をきき、自身幾何学の初歩の講義をうけたりして外国といふものを知らうとしたが、又、間者を外地へ派して外国の風俗文化宗教などを探らせ、このやり方は言ふまでもなく内地の諸侯に対しては一層綿密であつたのは言ふまでもない。
 けれども豊臣を亡すといふ最大眼目のこととなると、駄目なので、どうせ奪ひとる天下なら有無を言はさず取つてしまへばよいものを、何がなそれらしい名目なしに事を起すといふことがやりにくい。三好松永流のクーデタができない性分なのである。
 かう慾がでてしまふと彼はもう凡人で、この頃から変事にあつても顔色を変へなくなつたさうだが、つまり大人になつたのだ。その代り肚をすゑ命をすててかかるといふ太々しさ
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