つた証拠だ。彼は顔色を変へしばしは声もでなくなるぐらゐ顛倒するが、やがて考へ、そして考へ終ると度胸をきめる。さうするとテコでも動かない度胸の男になるので、負けると分つた信玄との一戦にも断々乎として出陣する、秀吉と小牧山で戦ひ、さうかと思へばアッサリ上洛し拝賀もする。彼の家来の目には薄氷を踏むやうな危険にみちた道を、主たる彼のみが常に自信をもつて踏み渡つてゐた。その自信とは、ままよ、死んでもいいや、といふことだ。彼は命をはる人であつた。そのくせ彼は命をはつて天下を望んでゐたわけではない。命をはつて、ただ現在の生存を完《まつと》うしてゐたといふだけのことなのである。
 秀吉が死ぬ。すると家康が意志するよりも、世間の方が先に意志し、彼は世間の意志に押されて自分自身を発見し、意志するやうな有様だつた。加藤清正などといふ秀吉子飼ひの荒武者まで三成を憎むのあまり家康支持に傾くといふのだから家康とても思ひの外であつたらう。福島正則の如きまで禁を承知で家康と婚を結ばうとする、いはんや黒田如水などはわざわざ九州から出ばつてきて家康を護衛する、名目は三成の天下の野望を封ずるためとあるのだが、それはうはべだ
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