ついで天下をといふ野望はなかつた。たまたま信長が横死して自然に道がひらかれたから天下を狙つて動きだしたにすぎなかつた。彼もいはば温和な野心家、節度のある夢想児であつたのだ。家康も温和な人だ。けれどもいつの日かその眼前に天下に通じる道が自然にひらかれたとき、そのときを思ふと家康といふ人は怖しい。いつたん道がひらかれた時、そのかみの彼自身が俄に天下をめざす獰猛な野心鬼に変じた如く、家康も亦いのちを張つて天下か死かテコでも動かぬ野心鬼となる怖れがある。さういふ怖れをいだくのも、家康自体にその危さが横溢してゐるためよりも、時代の人気があまり家康に有利でありすぎたせゐだつた。信長の下の秀吉などは凡そ世評はただ有能な家来の一人といふだけのこと、柴田も丹羽も同じことで、信長と肩を並べるぐらゐに副将軍などと言はれるやうな人物はゐなかつたものだ。そこで秀吉は家康の温和さを疑ることはなかつたが、世評の高さのために彼の心中ひそかに圧迫せられるものを堆積するやうになつてゐた。それも彼が気力旺盛のころは、別に家康を怖れるといふほどでもなかつたのだ。
 家康は子供の時から親を離れて人質ぐらし、他人の飯をくひながら
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