「これはどこから出てきたかえ」
「屋根裏の棟木の間から落ちてきましたよ。鼠がひいて持ってッたのさ」
「フン。私の隠居家は別棟になっているのに、母家の屋根裏からでるとはフシギじゃないか。そんな遠歩きする鼠の話はこの年になるまで聞いたことがありませんよ。大方、頭の黒い鼠がひいたものだろうよ。そんな鼠と同居じゃア油断ができない。夜もオチオチねむれやしないよ」
 タタミを叩いて喚きました。こう云われると、ほかに証拠がありませんから、一同も返す言葉がありません。
 妙庵先生はこのとき風呂からあがって参りまして、
「ヤ、結構な風呂をちょうだい致した。その鼠のことだが、こんな話があるな。人皇《にんのう》三十七代孝徳天皇の大化元年十二月の大晦日に、大和の国の岡本というところの都を難波の国の長柄《ながら》の豊崎に移したところ、大和の鼠も一しょに引越してきたそうだ。鼠にも世帯道具があってな。孔につめる古綿。トンビに隠れる紙ブスマ。猫に見つからぬお守り。イタチの道切りに用いる尖り杭。火消しの板ぎれ。鰹節ひくときの梃子《てこ》の類いなぞと数々の世帯道具をな。二日路も道ノリのある豊崎まで口にくわえて運んだそう
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