な。鼠というものは思わぬ遠歩きを致すものだな。まして隠居家と母家の間ぐらいは物の数ではござるまい。このような鼠のイタズラは世間によくあることです」
「口がしこいことを仰有《おっしゃ》っても、私ゃもう、だまされませんよ」
「私がだましたことがあるようで恐縮だなア。これよ、小僧さん。御当家には有るまいから、御近所で年代記をかりてきなさい。ヤ、ありがとう。エエと。人皇第三十七代孝徳天皇大化元年十二月大晦日。これだ。ごらんなさい。鼠の引越し。ここにチャンとでている」
「物の本なぞに何がでていたって絵ソラゴトですよ。実物を見なきゃア何が信用できるもんですか」
証拠の年代記も相手にしてくれないから、妙庵先生もサジを投げました。
「お忙しい最中に長々と結構な風呂をちょうだい致した。これで一段と長生き致すだろう。では、さよなら」
と立ち帰ろうとするのを主人の源兵衛が追ってきて、
「殺生ですよ、先生は。あんなにウチの婆さんを怒らせちまッて、自分だけ一段と長生きして行っちまうなんて」
「とんでもないことを云う人だね。私が御隠居を怒らせたわけじゃアないでしょう」
「いいえ、そうですとも。仕掛け山伏だ、ド
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