見せることも出来ないばかりか、待ちかねたようにムサボリつく自分の姿のみすぼらしさに、先生は、堪りかねて涙ぐんだ。幸いコショーがきいてどっちの涙だか分らない様子になることができて、いくらか切なさをまぎらすことができたが、こんな羞しい思いをして再びイクラデスかなどゝ呼びかけるぐらいなら、食い逃げの悪党を気取って、黙って悠々と店を出て、泥棒と呼ぶ三人の女に襟首をつかまえられて、セセラ笑って――それから、どうなるか、どうなってもいゝ、それぐらいの激しい汚辱に立ち向いたい、そこまで空想すると感きわまり、嗚咽をおさえることができなくなった。
 そこへ五人づれの大学生がドヤ/″\とはいってきた。それを見ると三人の女はにわかに生き生きと立ち上って、イラッシャイとか、どうしたの、とか、昔の記憶にも確かに在ったと同様のお客と女給の言葉が交換されるのであった。
 先生はそれに就て感傷をめぐらす余裕はなかった。好機逸すべからず、と立ち上って、オ勘定とよぶ。
 すると女は、先生の方をふりむく時には打って変って怒りの像となり、睨みすくめて、二百円を持ち去り、六十円のオツリを持参して、つき出した。
 女が二百円を握
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