ってふりむいたとき、オツリはいらないよ、などゝそんな言葉を咽喉《のど》に出す軽快な早業は有りうる由もないけれども、ふりむいて逃げ去ることはできた筈であった。然し、思い惑っているうちに、女は戻ってきて、オツリを突き出す。ソレは、チップです、などと今更云うわけに行かない。
先生は自分のリンショクに混乱した。先生は貧しかったが、リンショクだとは思いたくなかったのである。けれども、現にケチではないか。もとより意地のわるい彼女らに分らぬ道理はなく、軽蔑しきっているに相違ない。けれども先生がそのツリを受け取るまでは、思いきって振りむくことによって、チップをはずむチャンスはある筈である。そのことに気付くと、振りむく代りに、先生の手はワナ/\ふるえて、お金の方へのびようとする、惜しいのだ。こゝまできては、ふりむかれぬ。この期《ご》に及んでオツリの中からチップをとりわけて差出すことは益々もって嘲笑されるばかりであるから、もはやヤケクソの意気ごみでオツリを受け取ってしまうと、とたんに、思わず、
「アリガトウ」
と呟いているではないか。先生は羞しさに失心した。
先生はフラフラと街を泳ぎ、電柱を見れば、
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