そのために、もはや、敢て呼びかける勇気を失うのであるが、さればと云って、彼女らのサザメキのとぎれ目がないのであるから、どうしても覚悟をかためて、やりとげなければならないのである。
「スミマセン」
 先生は必死に叫んだ。三人の女給は一時に怒った顔をふりむけた。先生はそれをグッと受けとめた。眼をつぶるワケにも行かぬ。一目散に逃げだすワケにも行かぬ。泣きだすワケにも行かないのである。六ツのきびしい視線に対して、返答しなければならないのである。
「オ代リを下さいませんか」
 女たちは何だ、という軽蔑しきった顔をした。そして、今までよりもケタタマシク額を集めたり、やにわにノケゾッて哄笑したり、傍若無人のフルマイをはねちらすのだ。その一々が先生に対する軽蔑としか思われず、こんな思いをするぐらいなら、もう一生涯、料理屋の門をくゞるまい。自分はもう現代の落伍者なのだ、乞食も浮浪児も、配給なしに料理屋の料理を食って暮しているというのに、自分は一体、何者なのだろう。すべてに見すてられた、という激しい気持にならざるを得ないのである。
 女は再びドンブリを投げすてゝ行った。その報復として、舌をかみ切って死んで
前へ 次へ
全23ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング