した。やっぱり大学生になめられているのが口惜しかったせいだろう。けれども、パンパンなどは思いもよらず、いつも街頭で見かけている只今営業中という札のかゝった戸口をくゞってみたい、という、精一パイの希いであった。
 そして、覚悟をかためて、でかけた。なみなみならぬ覚悟であった筈である。そして、その結果は、すでに述べた通りであった。

          ★

 その日、中華料理店をでゝ、家へ戻ると、先生はカゼをひいて、ねついてしまった。高熱であった。
 熱がたかまると、先生は口走った。
「パンパンを、なぐらせろ、パンパンを、なぐらせろ。パンパンをなぐれ。パンパンをなぐれ」
 どういうわけだか、先生も、よく分らない。とりとめもなく、恐怖の影絵が走るばかりで、その映像の実体が、自分にも分らぬのである。喚くうちに、先生の気持は勇みたたずに、悲しくなり、切なさにたまらなくなるのであった。
「なぐってくれ! オレを。オレをなぐれ。オレをなぐれ。イタイ、イタイ、イタイヨ。ヒドイヨ」
 先生がながらく学校を休んでいるので、大学生が心配して見舞いにきた。
 医者にかゝらぬから分らぬけれども、先生はもう肺炎
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