げさせてやるんだよ。大切なことだからな」
そして、先生の枕元へ首をさしのばして、
「先生、々々」
とよんだが、先生は目をつぶったまゝ、クルクル目の皮をうごかして、うるさそうなソブリを示したばかりであった。
「先生、々々」
ひときわ高く呼びかけると先生はうるさがってフトンをかぶったが、
「フン、バカにするな。オレが何もできないと思うか」
いらだゝしく呟いたが、すると彼の想念が逆上的に混乱しはじめた様子であった。
「オレの手がふるえたと思うか」
その次には、にわかに殺気だっていた。
「ウソダ! ダマレ! なぐれ! なぐれ! パンパンをなぐれ! なぐり殺せ!」
すると叫びは、急に切なく調子が変るのであった。
「なぐってくれ! オレを! オレをなぐれ! オレをなぐれ! イタイヨ、イタイヨ、ヒドイヨ。ヒイ、ヒイ」
もうイタマシサに我慢のできなくなった学生の一人が、先生のフトンをはがして、
「先生、いますよ。パンパンをなぐって下さい。パンパンの罪ですよ。パンパンは先生にあやまりたいと言っていますよ」
先生のマブタはビクッとうごいて目をあいた。
「先生、わかりますか。先生にあやまるためにパンパンがきています。先生の御所望ならば、なぐられてもいゝと云っていますよ」
先生は再びビックリしたらしく、パンパンをさがして見廻した。元々先生はひどい近視で、おまけにメガネをかけていないせいもあってハッキリしたパンパンの像をとらえることができないようであった。
不幸なことがおこった。学生たちには分らなかったが、先生はパンパンを逃げた奥さんに思い違えたに相違ない。先生は手をさしのばして、虚空をさがした。苛々《いらいら》した顔は次第に悲しく沈んだ。
「オノレ、やっぱり、パンパンか」
先生の呻きは、沈痛であった。
学生は益々見るに堪えかねて、ソワソワした。
「先生、パンパンは、あやまりに来ました。そうです。パンパンの罪ですよ。思いをとげて下さい。それは大切なことだと思います」
そして、学生はパンパンに、うながした。一人のパンパンは尻ごみの代わりにもはや堪らなくなって、ゲタゲタ笑い出した。
一人のパンパンも仕方なしに笑いだしたが、彼女は気立てがよかったから、急に思いきった顔をつくると、気の毒な病人の枕元へにじりよって、病人の手をにぎり、顔をよせて、さゝやいた。
「私が悪かった
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