時々まちがへられて、てれること夥しい。近所にちぬの[#「ちぬの」に傍点]浦孤舟といふ浪花節の師匠が住んでゐた。軍記物の名手ださうで、関西ではかなり名の売れた師匠ださうだ。僕が最初三目置いたが歯がたたない。碁の半玄人《はんくろうと》で、まづ三級といふところだ。
この師匠、碁が道楽で、来る匆々《そうそう》まづ一ヶ月の会費を払ひこみ、近所に結構なものができた、毎日通ふと意気込んだが、翌日からふつつり見えない。そのうち近所の碁打ち同志に、今度の倶楽部はへぼ倶楽部だ、といふ風評が行き渡り、お客がまつたく来なくなつてしまつたのである。風評の火元は師匠だつた。碁を習ひに行つたら、あべこべに先生に教へて来たと云ふのである。これには先生、穴の中へもぐりたかつた。
へぼ倶楽部。うむ。なんとうまいこと言ふ奴ッちや、と、倶楽部の面々讃嘆時を久ふして、誰ひとり腹を立てる者がない。僕のみ、ひとりひそかに心に期するところあり、一大勇猛心をふるひ起したのは、流石に先生の貫禄であつた。
そのころ、ちやうど千枚ちかい小説を書き終つたのだが、まつたく不満で、読むに堪へないのであつた。千枚の大量の仕事が、まつたく不満で
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