であるが、源氏の豪傑の剣法がこんなものであったかも知れないと思ったのである。
樋口家には十数巻の奥義書があり、虎の巻、獅子の巻、竜の巻、象の巻、犬の巻なぞと名がついていて、これは一子相伝で、高弟といえども見ることのできなかったものであった。この巻物の中には非常にコクメイに術について説かれたものもあり、それはゴルフの教本のように基本を説いているものもあったが、私が何より興味をひかれたのは「虎の巻」の一巻、本名を「兵法秘術の巻」と称するものであった。
およそ念流の剣法とは何の関係もないものである。八幡太郎義家時代の兵法とすらも関係はなかろう。もっともっと古いものだ。なぜなら、この秘術とは全部が咒文だからである。たとえば、敵を組み伏せても刀が抜けない時には南方を向き次の咒文を三べん唱えると刀がぬけるなぞとある。また、敵と戦い刀が折れた時にはどんな仕ぐさをしてどんな咒文を何べん唱えると刀が手にはいる、というのもある。
敵を組みしいたり、敵を前においたりしてやおら向きを変えて、妙な仕ぐさをして咒文を何べんも唱えるようなノンキな戦争は、源平時代にもすでに有り得なかったであろう。
敵の目に姿
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