だから痛快だ。しかもこの農民たちは剣をたのんで事を起したことが一度しかない。ただ先祖伝来の定めとして、田畑を耕すことと剣を学ぶことを一生の生活とし天命としているだけのことだ。
 見るからに畑の匂いをプンプン漂わしている老翁たち。八十をすぎた門弟たちも数名いる。八十すぎの老翁たちはそろって剣法がそれほど上手ではないようで、五十、六十がらみの高弟から太刀筋を直されて、わかりました、とうなずいている。しかし七十余年も太刀を握って育ったのだから、いったん太刀を握って構えるや、野良の匂いのプンプンする老農夫が、突如として眼光鋭く殺気みなぎる剣客に変るから面白い。曲った腰がピンと張るのが実感されるのである。
 私は剣をとった老翁たちの眼光が一変して鋭くなるのに打たれた。たしかに殺気横溢の目だ。しかも殺気横溢ということがこんなに無邪気であることを、これまでその例を知らなかった。実に鋭く、そして無邪気な眼。馬庭念流の眼だ。
 この流儀は間をはかって突如打ちかかり打ちおろす一手につきるようであるが、その訓錬はゴルフの訓錬によく似ている。
 ゴルフは固定しているボールをうつのであるから、ボールを最も正確に
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