てルル説明したという常軌を逸したかのような挙止のみをとりあげてトヤカク云うのは甚しく当りません。常軌を逸したところでやむを得んじゃないか。そんな執るにも足らぬ一場の挙動の如きよりも、彼が思索を重ねて後に施したこの処置と、その裏にアリアリと汲みとることのできる悲痛にしてケナゲな心事を思い至れば、すでに足りる。これに同感の涙を知らぬヤカラは、いまだ人間の苦悩について真に思い至らぬ青二才だよ。イヤ、失礼。苦悩など知らぬ方がいいかも知れません。苦悩を知らぬ青二才でたのしく一生を送れる方がたしかに幸せですよ。スミマセン。
★
華頂氏が離婚届をだしたところまでは、実に尋常で、立派であった。
それに対して、華子夫人の兄、閑院春仁氏がすすんで手記を発表した。そこからフンキュウがはじまるのである。
閑院氏は手記によって「長年暮した平和な夫婦が単に性格の相違によって離婚することがありうるだろうか。その裏には怪人物がいる」ことを明にして、離婚の原因が妹のスキャンダルによることを恐れる風もなく発表したのである。
それはたしかにただ外見から見た感じでは「恐れる風もなく」と解せざるを得ないような奇怪なものであった。しかし元宮様だって決して違う人間である筈はない。こういうことを恐れげもなくやれる人間というものは、天性的な策士は別として、常人の為しあたうところではない。しからば閑院氏は天性的な策士かというと、そうではない。これを発表して彼を利するものは何一ツ見出されないし、彼の言行を見れば彼自身の利益のためにこの手記を発表したものとは見ることができないのである。彼は彼なりにこうせざるを得なかった理由があったに相違ない。
閑院氏の手記やその後の一問一答を見れば分るけれども、彼の真意はなんとかして妹を元のサヤへ戻したいのである。けれども、華頂氏の決意は断乎たるものであるし、妹の態度はアイマイで、いまだに目がさめない。(これは閑院氏の側から妹を見ての話)。しかもこのままに放置すれば、性格の相違という当らず障らずの理由で離婚は世間的にも承認せられて永遠のもの、とり返しのつかぬものとなりそうだ。さればとて二人の当事者たちは一人は決意断乎たり、一人は態度アイマイで、当事者やその近親の話合いではとても解決の方法がないと思い至り、思い悩んだあげく、非常の手段として世間に公表し、世間の力、ヨロンの力にすがっても、一応妹が元のサヤへおさまるように試みずにいられなかった、そういう苦悩の跡を汲みとることができる。
閑院氏も、さすが宮様だけの静かさと良識を示し、記者に向って結語して曰く、
「華頂氏の心のやわらぎを待って元の巣に帰したい。第二案は今後独身で暮すこと。第三は適当な人との結婚。第四案は、どうしてもという気持なら戸田氏との結婚」
こう語っている。
しかし、第一案と第二案以下とは質の本来違うもの。第一案がダメなら、というのが前提せられての余儀ない案にすぎず、第一案に対してのみ彼の熱望の大半が捧げられていることは申すまでもあるまい。
元の巣に帰したいという熱望こそは彼の至上の願いなのだが、いかんせん、その施すべき処置に窮し、他に策が思い至らず、ついに新聞に手記を公表したものと察せられる。
元の宮様であるゆえ新聞がとびつくことを承知で利用したと解するのは、いささかならず酷である。他に適当な方法を知らない彼が、思いきって新聞を利用した勇気と、その勇気の裏にこもっている妹の身を思えばこその一念を見てやるべきである。
宮様は露出狂、隠すことを知らぬ。風呂にはいっても隠すべきところを隠さぬ、などと誰かが書いていたが、そんなバカなことがあるものか。人間の本性に変りがあるものですか。風呂の中で隠すものを隠さぬぐらい、なんでもない話じゃないか。そんなことと、一家一門のスキャンダルをあばくこととが同じような軽い気持で行われる道理があるものですか。恐らく彼らは一門の上に天皇をいただき、他の誰よりも一門の名誉を損ずることを怖れつつしむよう躾けられ育てられているに極っている。我々にとってこそ天皇もタダの人間だが、彼らにとって天皇はやっぱり神にちかい敬意なくして有り得ない存在に相違なく、そのように一族一門を神の座により近いものと感じがちの彼らが、人一倍一門一族の名誉を考え自分の名誉を考えるように育てられ習慣づけられていることは明らかなことだ。
記者との一問一答を読めば、彼が甚だ良識ある人物であることは諾《うなず》けるのだが、世上の他の良識ある人間は、このような時、新聞にスキャンダルを公表し一門の名誉を損じても、妹の身のためを計るようなことはしないであろう。他に適当な、そして穏当な方法を探すであろう。
しかしながら、同じだけの良識ある人々の他の全ての者がそれ
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング