を敢て行う筈がないのに、彼だけが敢て行ったという、その異常さの裏には、彼の性格的なものよりも、他に適当な手段を知らぬ切なさ、その立場の哀れさを見てやるべきである。
 私がかくも彼を弁護するには理由がある。彼は離婚された当事者ではないのである。離婚された当人がなんとかして元の巣へ帰りたくてやった非常手段と違う。そういうヤブレカブレなものではない。
 私は決して上流階級の生れではないが、まア中流階級の上の部ぐらいの家に生れた。そして私の身辺に見た田舎の上流階級の内情や人情というものは、離婚された娘や妹の身のふり方や将来ということよりも、一家一門の名誉だけを考え、そのためには、たとえ娘や妹に正理があっても家名のために彼女の一生や幸福をふみにじるのは辞せないものだ。すくなくとも私が目にした田舎の上流階級とは全くそういうものである。
 そういう田舎の上流階級の一般の気風にくらべれば、閑院氏の非常手段の裏側には、わが身と同じように妹の身のためを思う善意と、マゴコロが感じられるではないか。彼の勇気は、これを異常というよりも、むしろすさまじいまでの愛情であり、善意であり、その勇気の裏には妹に対する愛のみではなく、華頂氏に対する謝罪のマゴコロがあり、そのマゴコロあるによっても、あえて妹のスキャンダルを公表せざるを得なかったような正義感、それに類する清潔さを感じうるように思う。
 彼がついに窮して手記を公にした心事に対しても、私は同感せざるを得ない。だがそのあとが、私はもう書く気がしないんですがね。まア、仕方がない。

          ★

 とにかく、華子さんは、利巧な女ではありません。こういう人のこういう場合は方々に例の多いことだが、勝手にしやがれ、と云うよりほかに仕方がないように私は思う。本人に善意やマゴコロや、より良く生きたいという必死なもの、切ないものが、なんにも有りやしないじゃないか。兄さんの心事は悲痛であろうが、他人の私から見れば、勝手になるようになるがいいさ、あなたの場合はそれよりほかに仕方がなかろう、と云う以外に何もないような気がする。生きる苦しみが自分にハッキリ分らぬ人だもの、仕様がありますまい。自分で勝手なことをやって、それを見つめてごらんなさい。人間同志の話はそれから後にようやく始まるのだろうと思う。
 あんまり虫のいいことを考えるもんじゃない。そういう性格の女は文士の娘にも百姓の娘にもパンパンにもいる筈のもので、ちッとも珍しいものではなく、陳腐にすぎるぐらいであるが、とにかく一応利巧でなければ、人間や人間の常道は分らんです。こういう人は、自分で気がつくまでは、何を云われてもダメなものさ。
 戸田という人は、これはもうイイ加減な人さ。イイ加減でない人間ならもっと立派な方法をとりもし、言明もしたに極っています。
 最後に宮様に申上げるが、あなた方が同族結束する気持は大いに結構で、特に今回の華頂、閑院両氏の処置に見られる他への愛情の深さと思いやりは切なくなるほど素晴らしいものに思われましたが、それが同族同志だけで、他の階級の人間は自分たちとは違うもの、みんなラスプーチン的怪人物的なものときめこまれているような手記や言葉の様子は、どうも、よろしくないようです。
 第一に、もっと人間を知らなければいけません。人間を知らないために、こういうことが起ったのですが、人間を知らぬということは決して上等なことではない。
 人間を知るなんて下賤なことだとお考えなら、それもマチガイ。
 だいたい人間通というものは貴族社会から起ったものですよ。平安朝の昔もそうだし、ルイ王朝も、そうだ。もっとも、人間通というよりも、恋愛通、ワケ知り、から起ったもので、いわゆる苦労人の元祖は貴族や王族でした。元来はそういうものです。
 人間を知り、人性を知ることは元来貴族の特技だったものです。
 華頂、閑院両氏の良識と愛と勇気は見上げたものです。私などの遠く及ぶところではございません。足りないのは、人間を知らなすぎること。あんまりヒドすぎますね。
 人間や人性について心得がお有りなら、御両氏は世界第一級の紳士なるべし。
 その良識と愛と勇気を、全人類のためのものとせられたし。



底本:「坂口安吾全集 11」筑摩書房
   1998(平成10)年12月20日初版第1刷発行
底本の親本:「オール読物 第六巻第一一号」
   1951(昭和26)年11月1日発行
初出:「オール読物 第六巻第一一号」
   1951(昭和26)年11月1日発行
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2010年1月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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