なくとも、人を殺すことはあるものですよ。そして善意からも破綻は生れる。人間と人間のツナガリは、実に複雑で、ややこしいものだ。誰かが楽しい時にはきっと誰かが悲しんでると見てもよろしいぐらいですよ。たとえ夫婦の間でも。人間二人一しょに本当に幸福だなんてことは、なかなかないものですよ。特に老後を考えるような、人生の晩年にさしかかった以後の人々に於ては。
しかし、菊乃さんのような悲劇は方々にありそうだなア。当人は至極無邪気に、下賤の者、無学の者に、死しても瞑すべき名誉ある愛情や地位を与えてやったと思いこんでいる善人が少くないようですね。どんな人間にも、自分と同じく切実な人生があることをてんで知らずに、ただもう賤の女を助けてやったと陶酔している。助けられ、安定したのは自分だけじゃないか。第一、下賤な人間という考え方が、菊乃さんの悲劇の真相をあますなく語っているが、当人ならびに同類だけには分らない。漢学という学問が、だいたいに、真理を究める学問ではなくて、王サマの御用を論理の本筋としているもののようだから、そういう論理を体した人には人間は分らない。人間の本当の心と喰いちごうのは仕方がない宿命、ま
前へ
次へ
全28ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング