事実林さんは、もろ/\の破壊力とたゝかいながら、よく感性の枯渇からまもり、いくつかの傑作をかいた。戦後の「雨」「晩菊」「浮雲」など、前期の林さんのもたなかった思想性をもちはじめている。中でも「浮雲」は、敗戦に対する日本人の偽りない心情告白の書として、後世にのこる意味をもっていると思う。
こんな公式な感想とは別に、私の眼底には、氏が二十三歳で、私が二十二歳だったころのシオたれたメイセン姿が浮かぶ。私たちはよく二人で電車賃がないまゝに世田谷の奥から本郷の雑誌社まで歩いた。着物も御飯も貸し合った。むくわれない愛情のために泣き合った。あゝ彼女今や亡し。
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[#地から1字上げ](六・二九 夕刊朝日)
[#地から3字上げ]宮本竹蔵
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作家がヘタクソの小説を書くと、ジャーナリズムの酷使がそうさせたといった。自殺でもすると、いよいよ大酷使のせいにしてしまった。生活がジダラクで、頭が空ッぽになり、生活力が消耗してしまったことは、棚に上げているのである。林芙美子の死は、心臓マヒで自殺でもないが、それでも平林たい子によると、どんらん飽くなきジャーナリズムの
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