、実にこんなに夥しく重大な状況証拠が一人にだけ重なっているのは珍しいような事件でした。ところが、そういう珍しいほど多くのシッカリした容疑事実にも目をそむけて、人情的見解や感傷につくという、理につくよりも情につきたいという、私はそういう俗情の動きが何となく言論無用という暴力団のように怖しく思われて、次第にたまらないような気持になって、その結果が思いきって親殺しを論断するという向う見ずな実行に至った理由の一ツでしたろう。真理はどうなるのでしょうか。俗情が真理を否定して、その不合理に気付かないばかりでなく、俗情にそむいて真理をもとめ理につくことが冷酷で、人でなしの所業で、悪行であり、情につく方が善意の人の所業で善行である。そういう俗情が国論となったら怖ろしいことになるであろうが、しかし、実に国をあげて俗情につきたがるような、そういうキザシなきにしもあらずでしょう。その俗情の横行に堪えられなかった意味があるのですが、とにかく公の裁判に先立って、息子の父母殺しを論証するという、それは私にとっても大変な決意を要することでしたが、しかし一方に、それは又あまりにも事実がハッキリと物語っているのですから
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