ど口惜しかったんだね。しかし、情景目にみる如く、名文ですよ。
 ところが、これが大騒動になった。というのは、七名ころんで一人だけゴールインではレースが成立しない。二着三着までないと、レース不成立で無効レースになり、車券全部払い戻すことになる。とんでもないのが一等になったから、五万枚の車券がすでにダメの運命であるが、しかし、天がワレに味方して、ほかの七名が全部ひッくり返ったから、レースになるまいと思っていると、ドッコイ、そうは問屋が卸さんな。ダービーの決勝レースだから、二等でも、三等ですらも、賞金が大きいや。三等の賞金だって、ふだんの一着よりも高額なんだから、そこは女の子さ。カラの蟇口《がまぐち》をにぎりしめてる五万人の溜息なんぞ問題にしていられん。さて起き上ってシャニムニ駈けだす段になれば、「誰が先に起き上って駈けだすことができるかと云えば、一番あとからころんだ子にきまってるな。したがってこの子は七番目にころんだほどであるからこれも全然人々が券を買わなかった弱い子にきまってるんだね。これを競輪雑誌の記述をかりると、
「よせばよいのに米田選手がモクモクと起き上って……おさまらないのは群集である。何がおさまらないかと云えばレースが成立したからである」
 そこで夜の九時ごろまで騒いでいた観衆もあったそうだ。これを大マジメに暴動暴行とそっち側からだけ見ればそうでもあるが、大がいの人は笑わずに読むわけにも行きますまい。例の競輪雑誌の記事によれば、ファンはストリップを見物にきたわけではないから、転倒した若き七ツの女人像が苦悶の姿態なやましく、いかにのたうッたところで全然よろこばない。神にホンロウされたミジメな人間の苦悩の物語りでありました、と書いてるよ。題して豊中(競輪場の名)凸凹騒動てんまつ、とある。
 この記者は暴動に関係はある筈がない。しかし、記者であるから騒動の終りまで見届けたのだろう。けれども彼もマンマと神にホンロウされたミジメな人間の一人であったに相違ない証拠は、文章を読めばすぐ分る。大そう口惜しく、ウラミ骨髄に徹する如く徹せざる如く、七人の女の子が苦悶の姿態なやましくのたうッても全然うれしくなかった心境がさこそと察せられるのである。
 暴徒と、この記者のユーモアとは紙一重の差で、たった一枚の紙の差によって、ウラミ骨髄に徹する如くであっても、同時に徹せざる如くでもあ
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