ベをめぐらして、競走の方を忘れてフィールドの喧嘩の一団へフンゼンなぐりこみをかけるに極ったものなのである。
 一番たしかなのは犬と一しょに主人も走れば犬も心配せずに、また喧嘩も起らずに無事トラックを一周することはいくらか確実であろう。けれども、犬と犬のオヤジと一しょに走ると、これは犬の競走ではなくて、オヤジの競走である。犬より早いオヤジがいる筈がないもの、犬券を買うお客は、犬の走力ではなくてオヤジの脚力を調べなければならんな。しかし、オヤジの脚力だけ調べたってダメだね。魚屋のアニイが愛犬と一しょに必死に先頭をきると、八百屋のハゲ頭の愛犬がハゲ頭の心臓マヒを心配したわけではないが、とにかくハゲ頭の一大事であるというので、魚屋のアニイのスネに食いいってしまう。それから後は人間と犬が一かたまりに、どういう目的不明の大闘争が展開するか、お分りであろう。最初に噛みついた組と、噛まれた組の人間と犬には各自の闘争の原因や理由が分っているかも知れんが、それを発端として各人の愛犬が各犬コモゴモ逆上熱戦を展開の後は、どの犬とどの人間にとっても自分の闘争の目的も相手も理由も全然不明である。とにかく犬人ともに現に必死に相闘いつつあるから相手は敵であり、そのために必死に闘わねば相ならん。その時さすがにデンスケ君は自分の駄犬をソッと陰に隠すようにしながら喧嘩の一団をはなれてトラックへあがると、ゴールめがけて抜け駈けをやる。と、デンスケ君よりも頭のよい山際さんがオーミステイクと云って先に走っているから、デンスケ君は死に物ぐるいに追走してゴールインとともに山際さんにムシャブリついて小僧同志の大乱闘となる。犬の先手をうつような闘争的な小僧さんなども現れるな。しかし、ここまではレースを行う選手の側の話である。
 以上のレース経過をたどって、山際さんの犬とデンスケの犬で連勝式一二着と相なったが、本命の魚屋と対抗の八百屋と、その他の入賞候補の注意犬がみんなダシぬかれて負けてしまい、一番名もない駄犬が一二着。見物人はオーミステイクと云って済ますことができんというので、方々に火をつけて大変な騒ぎになる。
 日本犬というものはダラシがなくって、主人が居てくれないと一犬前に喧嘩もできない弱虫だから大したことはないが、シェパードのレース中にこんな騒ぎが起ると、見物人もイノチガケですよ。
 日本犬も訓練次第で、いつか
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