心してもいられないね。我々が前例の如くにフッと意識を失った瞬間に、ある過去の自分に逆行して、その継続をやりかけようとする瞬間がありはしませんか。やりかけようとする瞬間にたいがい気がついて、すぐ我に返るから、それだけの話ですが、それが長くつづく状態が病人で、時間の差があるだけだと思うと、よい気持ではないね。どうも、こんな話ははやく止めたいね。
 我々の可能性はすべて夢の中で起っているようです。どうしても過去が思いだせない状態なども夢の中で時々経験することの一ツですし、子供に還っていたり、また分裂病よりも甚しいフシギな経験を夢の中でやっていますよ。
 夢というものは奇怪なものだが、しかしフロイドの夢の解釈はあんまりコジツケがすぎるようだ。夢はあまりにも怪物ですよ。そうカンタンに解けますまい。
 親しい友だちの顔を思いだすことはできます。しかし視覚的に思いだすことはできませんね。なぜならただモヤモヤと思いだしたような感じがあるだけで、それを頼りに写生しようたって決してできますまい。もっとも、絵の天才は別かね。だが、彼とても、視覚的に思いだすということはできないと思うね。彼がキチガイでない限り
前へ 次へ
全32ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング