活をしていることの相違がある。この相違は甚しいけれども、意識を失う発端の状態はよく似ていて身につまされるから、あんまり良い気持はしませんね。
 山口さんは意識を失ったのち何かの職業についていたようだ。別人として何十日、何年間と生活している例は多いようだが、過去を失った瞬間をよく覚えていてそれ以前のことを思いだそうと努めているらしい山口さんは面白いね。もっとも、過去がどうしても分らなければ思いだそうとせずにいられないのは当然だ。その限りに於て、過去を忘れたということ以外は山口さんはほぼ普通の人間であり、生活能力者である。
 婦人患者の場合は、記憶喪失とともに子供にかえり(彼女は二十五であった)幼稚園児童のように折紙細工をしたり童謡をうたったりしていたそうだ。こういうのを児戯性というのかな。どちらもヒステリー的な神経障害とでもいうのかね。医学上の定義は私は知りません。
 ある過去へさかのぼって、たとえば二十年前の書生時代の上京しつつある状態にさかのぼって、東京へ、東京へと上京しつつある気持になっているような例も多いそうだ。
 しかし、これも人ごとではない。オレは普通の健全な人間だと云って安
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