払って見知らぬ街へ歩きこみ、小さな酒場へはじめて行って、その女に惚れたことがある。翌日酔わずにその店を探したが、どうしても分らない。たしかに、ここの筈だが、と思って、同じ店を三度も四度もまちがえて笑われたことがあったね。その日はあきらめたが、泥酔して出かけると、きわめて自然にちゃんとその店へ辿りつくのである。泥酔しなければ、どうしても違った店へ行ってしまう。違い方もいつも同じだ。酔えば自然に辿りつく。何回となく二ツのことをくりかえしたことがありましたよ。そのうちに酔わなくとも行けるようになりました。お酒のみの方は思い当りはしませんか。
 ある時間の記憶を失ったり、酩酊というモーロー状態にならなければ辿りつくことができなかったり、精神病の状態と同じようなことを我々の日常に経験するのは決して珍しいことではないね。もっとも酩酊も一種の精神異状に相違ない。
 山口さんの場合は、失踪してから電話ボックスで記憶を失った時まで四ヶ月ぐらい経過しているようだ。失踪した時の精神状態、そして四ヶ月間の精神状態はどうだったのだろう。その時間に何をしたかということはアミタール面接でもハッキリとは分らないのか知
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