口さんの如くに過去を忘れて思いだせないということは、奇ッ怪フシギの如くであるが、実はそれほどのことではなさそうだよ。よくキチガイのことをゼンマイが狂っていると云うが、なかなか巧い表現だね。しかし、まだすこし表現が大ゲサにすぎると私は思うのです。実に一部のちょッとした故障でラジオが全的にきこえなくなったようなものらしいや。記憶を全部忘れるという結果は大きい変化のようだが、実は甚だ微々たる故障でそんなことが起っただけなんじゃないかね。
パチンコの機械が狂うと、パチンコ屋のオヤジが箱をトントンと叩くね。すると正常に返る。人間が狂うと、電気ショックやインシュリンショックをやる。つまりパチンコの箱をトントンと叩くようなものさ。パチンコ屋のオヤジはパチンコの機械の構造はよく知らないらしいが、トントン叩くとたいがい正常に返ることを知ってるのだね。精神病のお医者さんもそんなものらしいな。なぜ気が狂うかハッキリ分らないが、電気やインシュリンでショックを与えるとある種のものは正常に返るというようなことを心得ている。どうも、失礼。しかし、私は精神病のお医者さんをヒボーするつもりではないのです。要するに精神
前へ
次へ
全32ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング