人に語らせたり指摘したりして開放することにより病気を治すことができるというが、私は信用しませんね。近代人はたいがい自分の潜在意識を自覚していますよ。そんなものを開放したって病気が治る筈はない。それを知りつつ病気になっているのだもの。
 潜在意識というものは、いわば本音というものでしょう。それをめぐって複雑怪奇にモヤモヤと現実がもつれている。しかしそれが人生の何よりの根本問題だから、自制心を失えば本音を吐く。酔っ払えば本音をはく。それと同じように、アミタール面接をやると潜在意識を語る。医者は教科書の方法や順序通りに潜在意識を学術的にひきだすことによって、その病因をさぐり当てた気持になるかも知れないが、自制力がない時には本音をはくのが当り前だというだけのことで、その潜在意識や本音というものが病因とは限らないでしょう。潜在意識は万人にあるから、健全な人間にアミタール面接して、キチガイの心をあばくのと同じ方法を試みてごらんなさい。結局キチガイと同じ結果が現れますよ。あらゆる人間がキチガイだという結果がでますね。潜在意識をひねくりまわしても、精神病を解くことはできッこないです。
 むろん、ある種の精神病は、潜在意識をひきだして判明しうる苦労のタネからズルズルと衰弱にひきこまれている場合もあるでしょう。しかし、それが精神病の誘因であったにしても、要するに、なにか生理的な故障が起らなければ、幻視も幻聴もでる筈がないのさ。つまり機械のゼンマイだかどこかの部分が狂わなければ、そうなりはしない。潜在意識を解放したって病気は治らん。機械の故障を治さなければ病気は治りませんよ。
 しかし、分裂病の場合、逆行性健忘症の場合、機械の故障がどこにあるか、ということは、まだまだ、とても分りそうもありませんね。夢を見るのはどういう仕掛によるか、ということだって、全然分らんのだもの。否、眠り、ということすら、どこがどうしてどうなるのだか、それも分らんらしいね。幻視幻聴がどういう仕掛で起るかということは、分らんのが当然ですよ。記憶のヒキダシがどこにあるか、なぜ忘れるか、その生理的な故障の在りかは、とても分りませんね。
 私がお医者さんをパチンコ屋のオヤジだと云ったのは、そういうワケです。お医者さんには機械の故障がどこにあるのか分らないのだ。ただ、そうやると一時正常に返ることがあるようだから、電気やインシュリンでショックの療法をやる。お医者さんが悪いわけではないでしょう。パチンコ屋のオヤジはちょッと勉強すればパチンコの機械の構造をのみこむことができるが、お医者さんの場合はいくら勉強してみても、目下のところはとてもとても機械の構造を見破り、故障やその原理を発見する見込みはありません。相手が悪いのです。精神病のお医者さんは楽観的かも知れないが、私は精神病の謎は永遠に解けないと思っていますよ。永遠に。というのは、つまり人間というものは恐らく永遠に、好む時に好む夢を見るような、自分の身体や精神のネジや合カギを持つことは不可能だろうという意味です。構造が分らなければネジも合カギも持てやしません。そして、精神を構造している機械の原理が分れば、人間は破滅さ。そうでしょう。人造人間で間に合うのだから。人間はすでに人間でなくて、機械ですよ。
 要するに、精神病というものは、いつまでたっても、当てズッポウの療法以外に見込みがないね。いろんな方法を発明し、試みて、治る率を高めて行くことができるだけの話だろうね。
 要するに、潜在意識を解いたって、病気の治療に関しては何の役にも立たない、ということだね。むしろ、潜在意識などというものに拘《こだわ》ることは、一ツの障碍にすらなっていますよ。なぜなら、原因を潜在意識にもとめると、人間の精神は全く必然というものになりおわり、したがって、精神病学上にはまったく人間の意志というものを認めていないようなテイタラクになり易いのですよ。どうやら精神病の先生は意志ある人間がおキライのようだ。
 人間はみんな同じ悩みがありますが、しかし、みんなキチガイになるわけではない。そして、何がキチガイになることを防いでいるかというと、結局は意志ですよ。これ即ち、本能的な、潜在意識的な、原人的な必然の流れに反逆するところの力です。キチガイになることを防ぐには、意志の力にたのむのが最上でしょうね。私はそう信じていますよ。
 私は電気やインシュリンショックはやらなかったが、持続睡眠法というのをやりました。強い催眠薬を用いて一ヶ月ぐらいコンコンとねむります。ねている最中には食事のたびに起きて食事したり、回診の先生と話を交したりします。もっとも全然コンコンとイビキをかき通してねむりつづける人もありますね。こういう人には看護婦が食事をたべさせてやるそうです。私はそれほどではなく、起
前へ 次へ
全8ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング