というのは、論戦の要領を心得た人間のやることではないね。彼の仮設した公理に攻撃をくらい、こういう場合はどうだ、こういう場合はどうだ、とやられると、一ツくずれただけでも、すぐ足元がぐらつくね。そういう危険な方法を用いて論証するというのは、論戦の初心家のやることで、そんな余計なことを云わなくとも、ただ一クリーニング氏の場合についてのみ判断すればよかったのである。私自身の見解を云えば、私もこのクリーニング氏は童貞を失ったということで慰藉料をせしめる理由がなかろう、と考えている。しかし、ほかの日本の男の子の全部がどのような特殊事情があっても慰藉料を請求できない、ということを、そんなに易々と結論しうるものではなかろう。
だいたい、そんなに易々と全般的な結論がだせて、それで通用しうるなら、裁判の必要はないじゃないか。万事につけてそういう公式をこしらえて、それに当てはめて、これはダメ、これはよし、交通整理のようにスラスラ裁くがよかろうさ。
原告たるクリーニング氏の場合はシカジカの様式であるから慰藉料請求は当らないと判決すればなんでもないものを、慰藉料をもらえるのは女子だけで、男子はもらえない、と
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