屋さんも、余は金持のムコたらんことを一生の念願とす。かく童貞の純潔を汚されては再び良家のムコたるあたわず。よって、慰藉料をよこせ、と申したてると、判事も若干おこまりだったかも知れん。慰藉料を請求しうるは女子のみにして、男子はこれを請求するあたわずと、簡単に断定するわけにはいかなかったであろう。
 もっとも、六法全書かなんかに、そんな規則があるのか知らん。私の書棚にはかつて六法全書などというものが存在した例がないので何も心得がないが、そんなに憲法の如くにきめてかかった規則はないでしょうね。このクリーニング氏の場合には、請求できなくとも、男の子だって慰藉料を請求しうる場合がある筈である。つまりこの判事氏は表現をあやまっている。このクリーニング氏の場合に於ては、と云うべきであって、男の子は、と全般的に言うべからざることではないかと思われる。
 だいたい裁判というものは、個に即して判定すべきものだ。女の子は、とか、すべて男の子は、とか、全般的に言いきるのは哲学者かなんかのやることで、裁判官のやるべきことではなかろう。普遍的な公理のようなものを仮設して、そこから一クリーニング氏の場合の結論をだす
前へ 次へ
全39ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング