調書に表のガラス戸四枚を追加して書き入れながら「判を借せ」と云うのです。そこで私は「主人が留守ですから判をお借しする訳には参りません。それにあのガラス戸を外されたのでは、奥が丸見えですし、盗難を防ぐ訳に行きません。若しどうしても外すとおっしゃるのなら、主人の居る時にして下さい」と言って判は渡しませんでした。
 その後、一旦奥に行ってまた店に出てみますと、もうガラス戸を一枚外して、二枚目に手を掛けようとしているではありませんか。私は跣足《はだし》で飛びおりて「それだけは勘弁して下さい」と必死になって頼んだのです。すると、いきなり拳固で私の右の眼の下をしたたか撲りつけました。その一撃でカッとなった私はその後のことはよく覚えませんが、目撃者の話によりますと、その猛烈な一撃の後、平手で五六回たて続けに打たれたのだそうです。
 目撃者といえば、近所の人も数人ありますが、その時たま/\表を通り合せた村田という若い方が、見るに見かねて近くの交番にその由を知らせて下さったので、お巡りさんが早速現行犯を捕えるのだといって馳せつけて呉れましたが、もうその時は税務署のトラックは引揚げた後でした。さすがにその
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