、殺人という手段を選ぶ低能ぶりというものは、野蛮で悪質だ。少年の場合はだまされて千円とられたという理論のない直接のもので、つまり幼年の低能さだ。もっと智能が生育して、やや低能でなくなれば、そういうことは為し得ないであろう。同じように悪を憎み正義を愛すにも、自称英雄は政論の正邪を一人のみこみしたあげく殺人という事柄の正邪をさとらず、むしろ自分の行為を英雄的に自負しているほど生蕃《せいばん》的で文明人の隣人らしいところがないが、少年の憎む悪は素朴で直接的で、彼の愛している正しさも、生蕃の神がかり的な手前勝手のものではなくて、あたりまえの素朴な市井的な善ということであったろう。少年の低能ぶりは、やがてもっと低能ではなくなるだろうし、低能でなくなれば、という救いはあると思われる。崇高な殺人などを冷静に考える低能には救いがない。狂犬が正義を自負しているようなものであるが、こういう狂犬のたぐいでないと戦争を仕掛けてやろうなどゝは考えない。少年はもっと生長して低能でなくなれば、幼児の理窟で、武器を握って人を刺しはしないだろう。私がこの少年にのぞむことは、悪を憎む心を失わず、早く大人になりたまえ、とい
前へ
次へ
全36ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング