たようだ。手記の中にも、暗い気持で映画館をでて、ピースを一箱買ってみたが、まずかったというような描写が突然現れる。そういうところも映画的である。失恋か何かでアンタンたる気持の主人公がタバコを吸ってマズそうに捨てるような場面がホーフツとしている。そんなことよりも言わねばならぬ大切なことは他にタクサンありそうだが、そういうところはアッサリとばして甚しく場面的な情景描写にだけ念が入れてある。つまり映画的にしか自分の人生を回想できないのであろう。
 低脳だから人を刺したが、理解力や判断力や抑制力はモッと生長するであろうから、長じて兇悪人物になるとは限らない。彼は家族たちに理解せられざることを悲しみ、孤独と観じ、人にだまされたのを怒ってはいるが、人をだまそうとはしていないようだ。低脳ではあるが、ヨコシマではない。人を刺すこと自体も、映画と自分の区別を知らずに模倣するほど低脳なのかも知れない。
 しかし、これほど低能でも、自分を孤独とみる悲しさがあるのは、人間というものは切ないものだ。実際はこの少年ほど母の愛に恵まれている者はそう大勢はないかも知れないのだが、そのような判断は持っていない。しかし、
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