も若干つきそって甚しく悲愴に昂揚していた心事の際であっても、いきなり人を刺すことは多くの人の為しがたいところである。
だまされたと知ってイキナリ武器をとって報復を志すのは幼児の時はややそうであるが、小学校へ行くころとなれば罪の意識も芽生えて、少数のほかはイキナリ武器をとるようなことは控えるようになるものだ。大人は罰せられるから、益々もって、やれやしない。幼児と同じようにイキナリ武器をとって報復するのは、ただ国家というものがあるだけだ。国家に於ては、幼児にだけしか通用しない報復の理由が、戦争をひらく立派な理由になるのである。実にどうも国家というものは赤ん坊よりも理不尽なダダッ子、ワガママなギャングである。
だまされたと云っても、女だと思ったら男だったというようなことは、大人の世界では怒りに価するものではない。人生の表街道のものではなく、裏街ですらもなく、他人にそう邪魔にならない路傍か隅ッこにころがっていて、グロテスクではあるがバカバカしいだけの存在だ。こんな笑止な化け物にくらべれば、政界、官界、実業界、教育界、宗教界、文壇、学界、もっと妖しく実害のある大化け物は他のどこにでも見られる
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