うとしたので、とっさに、また斬りつけたら大声でわめいて倒れたので、上衣とズボンをかかえて窓から逃げた。この辺の観察や記憶の角度は映画的である。彼は不幸な犯罪に対処して、追想するに映画の手法しか身についていなかったのかも知れん。しかし、とにかく、ここだけが甚だ映画的にリアリス的(山際さんの用語)である。映画は現代に於ける最大また有能の教育者ならんか。
 あいにく私は巷談師らしくもなくオカマの宿を訪問した経験がないのは面目ないが、上野ジャングルを深更ちかいころ訪問してオカマの群れにはよそながら拝接した。概して彼らの特異性は視覚よりも聴覚にくるものがグロテスクで、一見して男と分らなくとも、声をきくとゾッと水を浴びせられた如く、汚く不潔な感に苦しめられる。オカマのグロテスクなのはその音声が最大なものだが、この少年が女を男と知るに至る経路、観察の角度が又、専一に視覚的で、部屋に男の上衣が吊るされていて怪しいと思いつく条《くだ》りなども映画的だ。まるで映画を見るように自分の現実を見たり構成したりしているのだが、実際その手法しか知らないのではないかと思われるのである。男の音声で、はてナと怪しむような
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