かに行き場も経験もないのでただ涙にくれているような夫人にくらべれば、当然この娘の生涯の方が悔いなきものだし、そういう計算をすれば、各人各様いろいろの答えを出すべき性質のものであろう。踏み切った時が運命の岐れ目かも知れない。素質があっても、必ずそうなるというものではないだろう。しかし、この娘の場合に於ても、智脳の低いのが、運命をひらき、智能相応の素質だけ呼びさましているようだ。とにかく悧口になることは大事なことだ。誰でも一応その人間の限界までは悧口になる素質があるのだから。

     第三話 税務署員に殴られた婦人の話  竹内すゑ(四十四歳)

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 私は東京の新宿区に住み、十八を頭に四人の子供があり、主人は経師屋《きょうじや》です。
 ところで、税金で頭を痛めるのは何処様でも同じことでしょうが、税金ではほんとに身を切られるような想いを致します。昭和二十四年度の所得額は六万円と申告して、その一期分と二期分、おの/\千三百八十九円を納めました。税務署の方ではそれを十八万円と更正決定して来ましたが、実収入はとてもそんなにありませんので、異議申請をしました。すると、その決定はやはり十五万円余りで、税金の滞納額二万七千円に対して、去年の九月初めに、火鉢、茶ぶ台、衝立の三点を差押えられてしまいました。
 それから一月ばかり経った十月の十三日、丁度主人の留守中に、四谷税務署の二十二三の若い方が、人夫三名とトラックで差押えの引上げに見えました。
 その態度の横柄な事といったら全く言い様がありません。余り不体裁なので親類から借金して新しく入れた表のガラス戸をじろ/\見ていましたが、入って来るなり「今日は……大分儲かったなあ」と、こういった調子です。そして、早速仕事にかゝりましたので私も茶ぶ台を上り口まで運んで手伝いました。
 火鉢は重くてとても私の力では運べませんのでお願いしました。税務署の方の態度が余り乱暴なので、私も失礼だとは思いましたが「なるほどその火鉢は差押えになったでしょうが、まさか灰や炭火までは差押えになったんではないでしょう。私達貧乏人にとっては灰を買うんだって大変ですから、灰はそこの土間にうつして行って下さい」と申しました。税務署の人はその通りにしましたが、辺り一面|灰神楽《はいかぐら》になったので、私は布切れで上り口をはたきました。
 それから
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