戦前までは、責任というような気分があって、本音を押えつけるような働きをしたものだ。あの三人の旦那方から聯想されることは、日本人が精神的にも完璧に武装解除したらしいナということで、志願兵はとにかくとして、徴兵でもして戦争をやろうたってムリな話、降参ぶりがずいぶん見事だろうと思う。日本と戦う国は日本の兵隊の数だけの捕虜を養う覚悟がいる。戦争しないという憲法を定めたのは、洞察力の明、神の如しというべしである。
 もっとも、私も、戦争には降参組の先鋒で戦争しないという憲法には何より賛成なのである。しかし、三人の旦那方の在り方は、平和主義とは又違って、なんとなく臓腑がぬかれてしまったような悲しさを感じるが、どうだろうか。戦争ばかりじゃなしに、正義も人道も思慮も機転もみんなホーキしてしまったように思われる。昔ながらの人間ではあるが、戦争に負けるまでは、かなり日本に珍しい存在でもあったと思う。山際君よりもこッちの旦那方がアプレゲール的に見えるのである。
 アプレゲール的なものは、子供に多く見るよりも、相当の旦那方に多いのではないですか。なんとなくウロウロしているように見えるのは大人の方で、子供はむし
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