戦前までは、責任というような気分があって、本音を押えつけるような働きをしたものだ。あの三人の旦那方から聯想されることは、日本人が精神的にも完璧に武装解除したらしいナということで、志願兵はとにかくとして、徴兵でもして戦争をやろうたってムリな話、降参ぶりがずいぶん見事だろうと思う。日本と戦う国は日本の兵隊の数だけの捕虜を養う覚悟がいる。戦争しないという憲法を定めたのは、洞察力の明、神の如しというべしである。
もっとも、私も、戦争には降参組の先鋒で戦争しないという憲法には何より賛成なのである。しかし、三人の旦那方の在り方は、平和主義とは又違って、なんとなく臓腑がぬかれてしまったような悲しさを感じるが、どうだろうか。戦争ばかりじゃなしに、正義も人道も思慮も機転もみんなホーキしてしまったように思われる。昔ながらの人間ではあるが、戦争に負けるまでは、かなり日本に珍しい存在でもあったと思う。山際君よりもこッちの旦那方がアプレゲール的に見えるのである。
アプレゲール的なものは、子供に多く見るよりも、相当の旦那方に多いのではないですか。なんとなくウロウロしているように見えるのは大人の方で、子供はむしろシッカリと、自分というものを持ちはじめているのではないかな。これは私の空想だが、小学校へ参観に行ってみると、精神的にテンヤワンヤなのは先生方で、子供の方が大地をシッカとふみしめてガサツではあるが老成しているような珍事を見るのではないかと、ひそかに心細い思いをしているのである。
しかし、空想や、結論を急いだりは、つつしまなければいけない。いずれ閑々にゆっくりと子供の世界を見物して、御披露したいと思っているが、調査に大足労を要するから、いつのことだか分らない。そのうちにアプレゲールなどという言葉も忘れ去られて、巷談にとりあげる意味も失せてしまうかも知れぬが、それはそれで結構、特に間に合わせようというコンタンはない。
私の巷談なるものは、世間にはこんなこともある、こんな見方もあるということを、お慰みまでに申上げているにすぎないのだが、時に読者から、おほめの書信などいただいて身にあまることでした。一々御返事も差上げませんでしたが、巷談師は一そう責任を感じております。巷談は私のオモチャですから、折にふれ機にのぞんで一生やめないつもりですが、まず連載はこれをもって終ることと致します。長々御退
前へ
次へ
全9ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング