たが、とても勝てないと分ってみると二度とそんなことをやる気がしなくなるものだ。
 後年、ワセダに田中という走高跳の選手が現れたが、身長と跳んだ高さの比率では、この先生が世界一だろうと思う。二メートル跳ばないと一人前じゃないから、小男ぞろいの日本でも、走高跳というと、六尺前後の大男に限って一流選手になりうるのが普通である。田中選手は五尺五六寸の普通の日本人だが、二メートルか二米〇二ぐらい跳んだように覚えている。バーと頭の間に一尺余の空間があいておるのである。もっとも、走高跳というものは、身長と跳んだ高さの比率を争う競技ではないから、要するに、なんにもならない。小男では、所詮、ダメということだ。
 しかし、自分の限度へくると、バーが二センチだけあがったのに一尺もあがったように見える恐怖感というものを身にしみている私には、(もっとも、そこに賭に挑戦するスリルも愉快もあるのだが)田中選手のケタ外れの比率を見ると、ほれぼれと血肉躍動する感動を与えられたものである。彼の跳びッぷりを見たいばかりに、私はあのころの競技会へしばしば見物にでかけた。
 走高跳などゝいう単純な競技は、ただバーをとびこすだけ
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