する限りは、三十三秒をわらない限り、新記録ではありません。公認記録をタテにとって、内容の下落した新記録を重複させるのは、新記録詐欺というものだ。
庶民というものは、もっと無邪気なものだ。彼らは本当の真実を知りたがり、、その正当なものに、無心に拍手を送りたがっているだけのことだ。大本営発表みたいな特殊な算術で、是が非でもカラクリの戦果をあげて、君が代をやろうというコンタン、実にどうも、大本営発表は、官僚精神のあるところ、昔から日本に存在し、今もかくの如くに存在している。
「一|着《ちゃ》アーク。古橋クン。ニッポン。時間。四分三十三秒二。世界新記録」
今度の日米水泳の四百米のアナウンスである。こういう新記録病的算術は、理にかなったものでもないし、礼儀にもかなってもいない。言葉というものは、つくす方がよろしい。真実を語るために、言葉があるのだから。これは、こう言えば足りるのである。
「これは公認世界記録を破ってはおりますが、自己のつくった未公認の最高記録四分三十三秒には及びません」
しかし、もっと親切に言えば、これにつけ加えて、
「未公認最高記録は、マーシャル君の四分二十九秒五であります」
ここで、やめてくれると立派なのだが、日本水上聯盟のアナウンサーは必ずこう附け加えるに極ってるんだね。
「ただし、この記録は、短水路プールでつくられたもので、長水路におきましては、古橋君の四分三十三秒が最高であります」
どうしても、日本の新記録ということに持ってかないと承知しないんだね。
そして、彼は遂に次のような算術を教えてくれることシバシバである。
「この短水路プールの記録は、長水路に換算いたしますと、何分何秒になります。したがって日本の何々君の記録が、実質的に世界最高記録であります」
短水路を長水路に換算するというのは、ターン一回につき何秒かもうけているとみて、ターンでもうけた時間を短水路の記録につけ加えるのである。ターンでもうける時間を何から割りだしたのか知らないが、記録保持者当人のターンの速力でないことは確かである。こういう手前勝手な算術をしてでも、日本の何々君を新記録にしないと気がすまないのが、日本水聯というところである。
そんな私製のニセ算用をしなくとも、短水路の記録が憎けりゃ、お前さんも、短水路で記録会をやるがいゝじゃないか。そして毎年、現にそれをやってい
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