す。女の方が威張っておりまして、情夫への口のきき方のひどいこと、きいていられないあさましい情景で、腹のたつときがありますな」
「給料は」
「ワンサで、日に五百円。一流の子で二千円から二千五百円ぐらいのようです。ところが奇妙に、踊りのうまい子はハダがきたない。必ずそうきまっているから、ジッと見てごらんなさい。よく見るとシミがある。フシギにそう、きまったものです」
 この御当人の方がフシギであるから、お言葉を真にうけていられない。
 案内されて、浅草小劇場へのりこむ。おどろいたね。
 焼跡にバラックのミルクホールがあったと思いなさい。それがこの小屋の前身なのである。そこへ舞台をくッつけて浪花節をかけてたのがつぶれたあとへ、この社長氏がたてこもったのである。彼は骨の髄からの浅草狂で、軽演劇とバラエテ、浅草の古い思い出が忘れられないのである。
 見物席の横ッちょに音楽と照明席をとりつける。ミルクホール、浪花節、レビュウ小屋と、たてますたびにデコボコにふくれる。ツギハギだらけのデコボコである。はじめは一日に五十人という悲しい入りが何ヵ月かつづいたそうだ。
 役者も踊り子も食えない。二日ぐらいずつ御飯ぬきで、ヒロポンを打って舞台へでる。メシを食うより、ヒロポンが安いせいで、腹はいっぱいにならないが、舞台はつとまるからだという。それでも浅草と別れられない。それが浅草人種の弱身でもあり、強味でもある。
 ストリップをやりだしたら、にわかに客がふえた。そこで舞台をひろげて、楽屋をくッつける。又、デコボコがふえたのである。うしろはズッと焼跡だから、もうかり次第、まだデコボコのふえる余地は甚大である。表から見たところでは、とにかく便所はあるだろうが、楽屋などゝいうものが在るようには見えないが、三畳ぐらいの小部屋が六ツぐらいも、くッついている。ちゃんと一通りそろっているのが手品のようなグアイで、おもしろい。しかし、客席から楽屋へ行くというような器用なことはできなくて、外をグルッと一周しなければ行かれない。
 この小屋はデコボコ・バラックの雰囲気によって、おのずから成功の第一条件をにぎったといえる。このデコボコは、たくんで出来る性質のものではない。社長、従業員、支配人、案内係りなどゝキチンと取り澄まそうたって、このデコボコが承知しやしない。イヤでも家族的にならざるを得んじゃないか。見物人も他
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