手になっていられないから、そんなに碁が打ちたいなら、幸い食堂の二階広間があいてるから、碁会所をやりなさい。碁会所は達人だけが来るわけではなく初心者もくるから、初心者相手にくんずほぐれつやったらお前さんも溜飲が下るだろう、とすすめて碁会所をひらかせた。
 オヤジは大変な乗気で、碁道具一式そろえ、初心者きたれ、と待ち構えていたが、あいにくなことにオヤジと組んずほぐれつの好敵手はいつまでたっても現れず、誰も彼を相手にしてくれないので、オヤジのラクタン、私もしかし今もってフシギであるが、これぐらいヘタクソで、これぐらい好きだというのは、よくよく因果なことである。
 そのうちに、ここがバクチ宿のようなものになった。
 稲荷界隈を縄張りにしている香具師《やし》の親分が見廻りに来てここで食事をするうち、ここの内儀に目をつけた。四十ぐらいの、ちょッと渋皮はむけているが、外見だけ鉄火めいてポンポン言いたがる頭の夥しく悪い女だ。善良な亭主を尻にしいて、棺桶に片足つッこんでからに早う死んだらえゝがな、というようなことをワザと人前で言いたてたがる女だ。
 香具師の親分ときいて、このバカな内儀が何年間つけたこと
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