ンを買う常連の中にも、社会的地位のある人がかなりまぎれこんでいるんですよ」
 私たちは共同便所へとすすんだ。二十米ぐらいまでくると、シャガレ声で、
「カリコミイ――」
 と呻く声。
 巡査はパッと駈け寄って、懐中電燈一閃。カキ屋を捕えるためでなく、現場を我々に見せてくれるためだ。
 しかしカリコミを察知されたのが早かったので、便所の入口へ駈けつけた巡査が、懐中電燈で中を照しだした時には、七人の男がクモの子を散すように、逃げでる時であった。一瞬にして八方へ散る。ヨレヨレの国民服みたいなものをきた五十すぎのジイサン。三十五六の兵隊風の男。等々。いずれも街頭でクツをみがいているような人たちだが、共同便所の暗闇の中で、泥グツをみがくにふさわしい彼らの手で、一物をみがいてもらう趣味家はどんな人々なのか、まるで想像もつかない。
 「カキ屋の料金は五十円です」
 と、お巡りさんは教えてくれた。
 田川君と徳田潤君がつきそってくれたが、徳田君は社の帰りに一度は上野にたちよってちょッとぶらついてみないと心が充ち足りないという上野通であったが、かほどの通人にして、カキ屋の存在を知らなかった。つまり、公園入
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