件あったほかは、私たちがこの交番で接したのは、もっぱら酔っ払い旋風であった。応接いとまなしであった。
田川博一が私の横で深刻そうに腕ぐみして呟いた。
「もう、新宿じゃア、のまん」
悲愴な顔だが、禁酒宣言というものは三日の寿命しかないものだ。
★
さて、いよいよ上野ジャングル探険記を語る順がまわってきた。四月十五日に探険して、それから一週間もすぎて、まだこの原稿にかかっているにはワケがある。
私も上野ジャングルには茫然自失した。私がメンメンとわが不良の生涯を御披露に及んだのも、かかる不良なる人物すらも茫々然と自ら失う上野ジャングルを無言のうちに納得していただこうというコンタンだった。
上野ジャングルに於て、私が目で見、耳できいた風物や言語音響を、いかに表現すべきかに迷ったのである。読者に不快、不潔感を与えずに表現しうるであろうか。そッくり書くと気の弱い読者は嘔吐感を催してねこんでしまうかも知れんが、その先に雑誌が発売禁止になってしまうよ。
新宿交番が酔っ払い事件の応接にイトマなく、ただもうムヤミに忙しいのにくらべると、上野の杜の交番は四辺シンカンとして
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