まり伊東きってのホンモノの名探偵が住んでいるのだ。
 私は推理小説を二ツ書いて、この犯人を当てたら賞金を上げるよなどと大きなことを言ってきたが、実際の事件に処しては無能のニセモノ探偵だということは再々経験ずみであった。しかし、この時は推理に及ぶ必要がない。泥棒にきまっていると思いこんでいた。
 翌朝、隣家のホンモノの名探偵は現場に現れて、静かに手袋をはめ、つぶさに調べていたが、
「風のイタズラですな」
 アッサリ推理した。
 浴室の窓だから、長年の湯気に敷居が腐って、ゆるんでいたのだ。外側から一本の指で軽く押しても二十度も傾く。突風に吹きつけられて土台が傾いたから、窓が外れ、風の力で猛烈に下へ叩きつけられた。そのとき内側の窓粋が水道の蛇口にぶつかったから、はねかえって、内側の戸が外側に折り重ったという次第であった。
 この結論までに、ホンモノの名探偵は五六分しか、かからなかった。推理小説の名探偵はダラシがないものだ。
 二人の探偵の相違がどこにあるかというと、ホンモノの探偵は倒れた窓をジッと見ていたが、おもむろに手袋をはめると、先ず第一に(しかり。先ず、第一に!)敷居に手をかけて押して
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