みたのである。ほかに何もしないで、先ず敷居に手をかけて押してみた。驚くべし。敷居は自在にグラグラうごき、その都度二十度も傾いたのである。
 私ときては、敷居は動かないものときめて、手で押して調べてみることなどは念頭になかった。そのイワレは、キティ颱風を無事通過した窓が満月の突風ぐらいでヒックリ返る筈がないということだ。私はテンから泥棒ときめこんで、先ず足跡をしらべ、どこにも足跡がないので、ハテ、風かな、と一抹の疑念をいだいたような、まことに空想的な推理を弄んでいたのである。
 要するに、これも税務署の寒波によるせいかも知れない。推理小説の名探偵も、心眼が曇ったのである。伊東という平和な市には、深夜にうろつくのはアベックばかりだ。その勢力は冬でも衰えが見えない。こうアベックがうろついては、泥棒もうろつけないに相違ない。そして私の住居こそはほぼ頼朝密通の地点そのものに外ならぬのである。

          ★

 伊東を中心に、熱海、湯河原、箱根などの一級旅館を荒していた泥棒がつかまった。俗に、枕さがし、とか、カンタン師とか云って、温泉旅館では最も有りふれた犯罪だ。しかし、一人の仕事とし
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