狙いには、三万円のモトデが必要だから、三千や五千の穴しか出ない競輪場では、一穴や二穴では回収がつかず、この方法も結局ダメということになるのである。
★
競輪には八百長が多いと云われている。私の三日間の観察でも、たしかに、そうだ、と思われる節が多かった。
しかし、すくなくとも、私の見た競輪場の観衆は、あまりに、あまい。彼らが八百長だと思ったときは、案外八百長ではなく、八百長は観衆の盲点をついて巧妙に行われているようである。競輪の観衆は、目先の賭に盲《めし》いて、盲点が多いから、そこをついて、いくらでもダマせるのである。
一般に競輪場は、地方ボスに場内整理をゆだねているので、そういうボスのかかりあっている数だけ、八百長レースが黙認された形になっているらしい。
私の住む伊東市でも、目下、競輪場をつくるか否か、大問題になっている。つくりたいのは市長であるが、市民の多くが反対のようである。
伊東市の新聞の伝えるところによると、さるボスにわたりをつけて場内整理をたのんだところ、このボスはほかの競輪場の場内整理を二十万円で請負っているが、伊東は観衆が少いから、二十五万でも合わないと渋ってみせたという。
観衆が少いから、ひきあわないとは妙な話で、少いほど場内整理はカンタンの筈であり、入場料の歩合いをもらうワケではなく、整理料はちゃんと二十万、二十五万と定まって貰う筈なのである。
だから、観衆が少いから、というのは、ボスに対して一日に一レースは黙認されている八百長レースの配当が低い、ということを意味し、八百長の存在を裏書している言明だとしか思われない。
このボスは東海道|名題《なだい》のボスで、土地のボスではなく、このボスに渡りをつけるには、土地のボスの手を通す必要もあり、土地のボスもいくつかあるというわけで、それらにしかるべく顔を立てるとなると、一日に四ツも五ツも八百長レースが黙許されざるを得なくなるのである。
しかし、私が先ほども述べた通り、八百長レースが多いほど穴狙いの確率は多くなるのであって、素人でも、軍資金を豊富に持って、穴を狙えば、もうかる確率が多くなる。
気の毒なのは、零細の金で、まともにモウケようとする大多数の正直な人々で、この人たちが損をする確率は増す一方、ということになる。
先日、川崎で起った大紛擾、売り上げ強奪事件は、内山という名選手、当然優勝すべき本命選手が、車の接触か何かで反則し、除外されることによって起ったものだ。
これが八百長か、どうかは、私に判定のつくことではないが、すくなくとも、本命自身が反則を犯して除外される、というような場合には、観衆はこれを八百長と判断し易いのは当然なことで、なぜなら、大多数の正直な観衆は本命をタヨリに車券を買っており、そこに盲点のあろう筈はないから、ハッキリしている本命が反則したり負けたりすると、偶然の事故にしても、八百長と判じがちなのは自然の情であり、イキり立つのもムリがないのである。
しかし、本当の八百長は、観衆の盲点をついて、巧妙に行われているものだ。私の見たレースから二三の例をひいてお話してみよう。
次のようなレースがあるとする。人名は分り易く二人の有名選手の名をかりたが、この二人は八百長をやる人ではない。二千|米《メートル》。
[#ここから2字下げ、罫囲みの表]
フォーカス番号 番号 姓名 人気
1 1 白太郎 入着ノ見込ミアリ
2 2 田川博一 対抗。アルイハ一着
3 3 赤二郎 マズ見込ナシ
4 4 黄三郎 油断ナラヌ。穴
5 青四郎 コレモ曲者
5 6 小林米紀 本命。マズ負ケマイ
7 黒五郎 マズ見込ミナシ
6 8 緑六郎 新人ナガラ曲者
9 橙七郎 古強者。戦歴アリ
[#ここで字下げ終わり]
競輪の小林といえば、横田と並んで、二大横綱。レースを棄てない名選手でもある。これを本命とみるのは当然。次に、田川、これ又、名題の名選手で、対抗は充分である。
一番の白太郎、四番の黄三郎なども曲者だが、小林、田川は対抗するとは思われないからフォーカスの本命は
[#ここから2字下げ]
5−2[#「5−2」は縦中横]
[#ここで字下げ終わり]
か、又は、その裏の
[#ここから2字下げ、横書き]
2−5[#「2−5」は縦中横]
[#ここで字下げ終わり]
であり、車券の大多数はそこに集る。そのほかに、穴として、
[#ここから2字下げ]
5−4[#「5−4」は縦中横] 5−1[#「5−1」は縦中横] 2−4[#「2−4」は縦中横] 2−1[#「2−1」は縦中横]
[#ここ
前へ
次へ
全7ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング