いるが、厳粛なる事実があるから、仕方がなかった、などゝいうのは、本末テントウも甚しいものだ。厳粛なる事実などはどうあろうとも、結婚の適、不適、二人の愛情の問題が常に主となるのが当然だ。
 天光光氏がすぐれた政治家であるなら、私生児を抱えたって、なんでもない筈なのである。しかしながら、このようにキメつけるのは残酷である。どんなに実質的に偉い政治家でも、人気商売であるから、額面通りにいかない。ちょッとした悪評で、落選する危険は総理大臣たりとも有るのだから、仕方がない。
 しかし、選挙対策として、結婚することが絶対にさけがたいものであったか、これは問題のあるところだ。
 すくなくとも、天光光氏の場合は、結婚しない方が、よかったかも知れない。そして、天光光氏は、選挙対策よりも、恋愛自体を、より重大に考えていたかも知れない。
 私は恋愛だとか結婚というものを処世の具に用いることを必ずしも悪いとは思わない。なぜなら、どんな熱烈な恋心でも、決して永遠のものでは有り得ないからだ。恋心は必ずさめる。きまりきっているのだ。もしも人間が自分の情熱に忠実でなければならないとすれば、なんべん恋愛し、なんべん離婚し、結婚しても、追いつきはしない。結婚などゝいうものは、その出発の時はとにかくとして、あとは約束事であり、世間並のものであり、諦めの世界でもある。だから、結婚を処世の具に用いるぐらい、当然なことでもある。
 この自覚がハッキリしておれば、よろしいのである。
 かと云って、私は選挙対策のために結婚しました、とも云えなかろう。別に云う必要もないのである。
 しかし、処世の具でもあり、一途の恋心によってでもある、ということは成り立たない。二者併存しておれば、何のナヤミ、何の面倒があろうか。
 もしもナヤミと面倒があったとすれば、天光光氏の場合に於ては、
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一、政治的に対立するものの結婚生活が成り立つか。
二、男には妻子があった。
三、以上の理由で父が反対している。
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 ということで、すでに前々から云う通り、この骨子に関する限り、珍奇なところはないのである。骨子だけで云えば、これは一応悩むのが当然だ。当事者として、この三つに対処するナヤミのほどは、相当にもつれざるを得なかったであろう。
 一番軽率で、イイ加減なのは、厳粛なる事実の先生で、以上の問題が厳粛なる事実などで割り切られては助からんのである。
 こういうチンプンカンプンの道義感よりは、選挙対策で恋愛問題を割りきる方がむしろ清潔でサッパリしている。厳粛なる事実などを持ちだす限り、園田氏は妻子を離別すべからず、これが鉄則でなければならない。この厳粛なる事実の前では、天光光氏の厳粛なる事実は問題とならないのである。
 もっとも、堤女史が厳粛なる事実を持ちだしたのは、その道義感によってではなく、又、自らの選挙対策によってである、というなら、何をか云わんや。これは論議のほかである。天光光氏の問題とは関係のないことだ。

          ★

 政党を異にするものの結婚生活が成立するか。
 この問題に関して、世は挙げて懐疑派がいないらしいから、フシギである。そんなにハッキリきまったもんかね。政党の異なる人種は結婚できんときまっていますか。
 政党とは何ぞや。党員とは何ぞや。選挙に於て、民衆が政党を選ぶか、個人を選ぶか、まア、政党を選ぶ方が本当だろう。民衆は自由人である。党員とは違う。時に際して、時に適した政党を自由に選ぶだけである。
 しかし、政党員は政党のロボットで、自由人では有り得ないか、そんなバカなことはない。党員とても自由人で結構ではないか。党員の節操はロボットたることではなかろう。
 しかし、まア、そういう論議は政治とは何ぞやということになって始末に負えなくなるから、いゝ加減で切りあげて、問題を、結婚へ移そう。
 政党といっても、根は思想であるが、思想の異る二人の自由人が結婚生活を持続することが出来ないか、どうか。
 ボクら文士の場合、文士というものは、徒党的に一括することのできないものだ。一人一人立場が違う。しかし、結婚生活は不可能ではない。
 文士二人結婚して、作風を似せ合うということもない。
 結婚はとにかくとして、恋愛について云えば、尚更のこと、ショパンはジョルジュ・サンドに惚れたが、この二人は凡そ思想的に通じたところはない。しかし、思想の異質の人間が、惹かれ合い、恋し合うことは不自然ではなく、世上ザラにあることだ。天光光氏の場合も、ちッとも怪しむに足らないし、又、それだからその恋愛が不純だなどゝいうバカな理屈はありうべきことではない。
 恋愛にして、しかりとすれば、結婚はその延長にすぎないもので、なにも屁理窟を弄するとこ
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