若い神官は、非常に正確に物を考え、正確なことだけ語ろうと常に心がけているようだった。それは教養の高さを示し、この奇妙な歴史をもった村で、新しい教養を見るのがフシギなような、しかし好もしいものであった。
 系図や大般若経の写本や昔の獅子面などを見せてもらったあとで、コマ神社の歴史についての薄ッペラな本などを貰いうけ、
「写真屋をつれて、また明日、出直して参ります。だが、あの笛の音は写真にはうつらないからなア」
 と私が思わず呟くと、若い神官もなんとなく浮かない面持で考えこんで、
「この村の誰かが録音機を買ったという話ですが……」
 と、村の誰かの名を云った。この村で、誰が何用に録音機の必要があるのだろう、と、私は思わず事の意外さに笑いがこみあげるところだった。
 まったく夢を見るような一日であった。フシギと云えばお伽噺のようにフシギであった。一年にたった一日のお祭りのその前日の稽古に行き合わすとは。
「正月の十五日にお祭りはないのですか」
 ときいてみると、
「正月十五日にはヤブサメのマネゴトのようなものをやるにはやりますが、お祭りは一年に明日だけです。むかしは九月十九日でしたが、
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