「いいえ、その隣りです」
「向う隣りですか」
「こッち隣りです」
「じゃア、飯能じゃないか」
「ハイ。そうです」
 よく出来ました、というところ。何扉だか何教室だか知れんが、このへんは日本津々浦々、実にラジオの悪影響ならんか。コマ村のことは何をきいても全然知らんのである。
「あなたは、コマ村の何を知っているのかね?」
「ハイ。コマ村へ行く道を知っています」
 飯能の女中サンに完璧にからかわれてしまいましたな。
 自動車をよんでもらってコマ村へ出発する。飯能の女中サンに運転を御依頼したわけではなくて、タクシーの運転手もコマ村へ行く道については心得があったようだ。たった十分か十五分ぐらいの平凡な道である。
 出発がおそかったので、コマ神社に到着したのは、タソガレのせまる頃であった。
 社殿の下に人がむれている。笛の音だ。太鼓の音だ。ああ、獅子が舞いみだれているではないか。
 なんという奇妙なことだろう。
「今日はお祭りだろうか?」
 自動車を降りて、私たちは顔を見合せたのである。
 しかし、お祭りにしては人間の数がすくない。むれているのは概ね子供たちで三四十人にすぎない。だが獅子の舞いは真剣だし、笛を吹く人たちもキマジメであった。
「明日がお祭りだそうです。今日のはその練習だそうです。なおよく社務所へ行ってきいてきます」
 と、中野君は姿を消した。
 私は目をみはり、耳をそばだてた。私の心はすでにひきこまれていた。その笛の音に。なんという単調な、そしておよそ獅子の舞にふさわしくない物悲しい笛の音だろう。笛を吹いているのは六名のお爺さんであった。
 吉野の吉水院に後醍醐天皇御愛用のコマ笛があったが、それは色々と飾りのついた笛で、第一木製ではなかったような気がする。ここのはオソマツな横笛であるが、笛本来の音のせいか、音律のせいか、遠くはるばるとハラワタにしみるような悲しさ切なさである。
 日本の音律に一番これによく似たものが、ただ一ツだけあるようだ。それは子供達の、
「も・う・い・い・かアーい」
「まア・だ・だ・よーオ」
 という隠れんぼの声だ。それを遠く木魂にしてきくと、この笛の単調な繰り返しに、かなり似るようである。すぐ耳もとで笛をききながら、タソガレの山中はるかにカナカナをきくような遠さを覚えた。
 獅子は舞いながら太鼓をうつ。この太鼓が笛の悲しさに甚しくツリアイ
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