東京では信じられない安値であろう。送料や箱代は売り手がもってくれるから、犬の値だけでよろしいそうだ。
秋田犬の展覧会で一等賞二等賞を得た犬の一番よい血統が三万円だそうだ。
「あんまり安いようですね、もうちょッと高くしておきなさい。本当の愛犬家の手にはいらずに、ブローカーに買いしめられる恐れがありますよ」
と私が云ったが、ヘルプ紳士もその二世も、大館の仔犬の相場をそれ以上つりあげるのに賛成ではないようだった。
ホンモノの秋田犬の欲しい方は保存会長平泉栄吉氏にたのむのが便利でもあるし正確でもありましょう。この整然たるヘルプ紳士は自分の愛犬の仔犬を売って商売にするわけではなく、大館全市の秋田犬の仔犬を探したり選んだりしてくれるだけのことでしょう。彼は秋田犬に仕え、秋田犬の声価のために一生を棒にふることをも喜びとするような、本当に善良で純粋の愛犬家であります。これぐらい信用のできる愛犬家、保存会長がザラにあるものではないのです。
だが、秋田犬を買いたいという人に一言申上げたいが、シェパードと同じように本職の訓練師につけて正しい訓練をするだけの気持がなければ、高い金でホンモノを買ってもムダだと私は思いますよ。またテンパーに甚しく弱いそうだから、今まで相当犬を飼いもし殺しもして、自分で犬のお医者ができる程度の自信のない人は、結局育て得ずに仔犬のうちに殺してしまうと思います。はじめて犬を飼う人が、テンパーで死に易い高価な犬を買うのは、お金を捨てるようなものですよ。駄犬から飼いはじめて、犬の育て方に充分の心得を会得してから、高価な犬に手を出すようにしないと、必ずお金を捨てるだけの結果になり、これに例外はないようです。
私自身の趣味から云うと、ホンモノの秋田犬は訓練次第で相当の性能を示す見込みがあるとは思うが、どうしても、コリーやシェパードよりも好きにはなれないのです。ケンカを好む片鱗があるだけでも、そしてそれが訓練によって失う見込みがほの見えても、どうも私は犬のケンカを好む片鱗というのが生来的にキライなのである。
かの善良にして愛情の深い静かな秋田犬保存会長には相済まないが、どうも私自身の性分として、あなたの愛する秋田犬にあなたから見ればまるで正しい理解を持つことのできない私がフシギで信じがたいことかも知れませんが、性分は仕方がないし性分だけはハッキリ申し上げておかざる
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